この記事の結論
法人の取締役になると、個人事業主にはなかった法的な責任が生じる。代表的なのが「善管注意義務」と「忠実義務」。会社と取締役個人は別人格だが、義務を怠れば、一定の場合、取締役個人が責任を問われることもある。だから、会社のお金と個人のお金を厳密に分け、重要な判断は記録に残す。責任を知ることは、自分を守ることでもある。
この記事は、Lv.4(法人期)の一人社長に向けて書いています。
法人化で、「取締役」になる
個人事業主のときは、事業の責任は、漠然と「自分が負う」ものだった。だが法人化すると、あなたは「取締役(多くは代表取締役)」という、法律上の立場に就く。
この立場には、個人事業にはなかった、明確な法的責任が伴う。「会社を経営する者」として、法律が定める義務を負う。普段は意識しないかもしれないが、これを知らずにいると、トラブルが起きたときに、思わぬ形で個人として責任を問われることがある。取締役の責任を理解することは、法人を運営する上での基本だ。
取締役の2つの基本的な義務
会社法は、取締役にいくつかの義務を課している。一人社長がまず押さえたいのは、次の2つだ。
善管注意義務
「善良な管理者の注意義務」の略。取締役は、その立場にふさわしい注意をもって、会社の業務を行う義務がある。簡単に言えば、「経営者として、当然払うべき注意を払って、ちゃんと経営しなさい」ということだ。いい加減な経営で会社に損害を与えれば、この義務違反を問われ得る。
忠実義務
取締役は、会社のために忠実に職務を行う義務がある。自分の利益のために、会社の利益を犠牲にしてはいけない。会社と自分の利益が対立する取引(利益相反)などには、特に注意が必要だ。
この2つは、要するに「会社のために、誠実に、注意深く経営する」という、当たり前のことを法的な義務として定めたものだ。
会社と個人は「別人格」、でも
法人化の基本は、会社と個人が別人格だということだ。だから原則として、会社の負債を、取締役個人が直接負うわけではない(これが法人化のメリットの一つだ)。
しかし、これには例外がある。取締役が義務を著しく怠り、それによって会社や第三者に損害を与えた場合、取締役個人が責任を問われることがある。「法人にしたから、何があっても個人は無関係」ではない。義務を果たさなければ、個人としての責任が及び得る。別人格という原則と、その例外の両方を理解しておく。
会社と個人のお金を、厳密に分ける
取締役の責任を果たす上で、最も基本的で重要なのが、会社のお金と個人のお金を厳密に分けることだ。
会社のお金を私的に使う、公私の区別が曖昧、といった状態は、忠実義務の観点からも、税務の観点からも問題になる。会社のお金は会社のもの、個人が受け取れるのは役員報酬だけ。この区別を徹底することが、取締役としての責任を果たす第一歩であり、自分を守ることにもなる。法人口座・法人カードで、お金の流れを明確にしておく。
重要な判断は「記録に残す」
経営判断の中には、結果的にうまくいかないものもある。だが、適切な注意を払って判断したのであれば、結果が悪くても、ただちに義務違反になるわけではない。
ここで効いてくるのが、判断の経緯を記録に残すことだ。重要な意思決定について、なぜそう判断したか、どんな情報に基づいたかを記録しておく。一人社長だと、すべてが頭の中で完結しがちだが、重要な判断は、簡単でも記録に残す習慣をつける。これは、後から「適切な注意を払って判断した」ことを示す材料になり、自分を守る。
法人期の一人社長へ
法人化は、有限責任などのメリットをもたらす一方で、取締役という立場に伴う、新しい責任を背負うことでもある。善管注意義務、忠実義務——これらは、難しく考えすぎる必要はないが、知らないでいるのは危険だ。
会社と個人は別人格だが、義務を怠れば個人の責任が及び得る。だからこそ、会社と個人のお金を厳密に分け、重要な判断は記録に残す。取締役の責任を理解することは、自分を縛るためではなく、自分と会社を守るためだ。法人を持つということは、その責任を引き受けるということ。それを正しく理解した上で、堂々と経営に臨みたい。