この記事の結論

会社員には定年があるが、一人社長には、決まった引退時期がない。それは自由であると同時に、「いつ、どう終えるか」を自分で決める責任を負うということだ。引退を、仕事を完全にやめる「ゼロか百か」で捉えず、段階的に縮小する道もある。事業以外の自分の時間や役割を育て、経済的な備えを確認しておく。定年がないからこそ、自分で引き際を設計する。

この記事は、Lv.5(拡大期)の一人社長に向けて書いています。

一人社長に、定年はない

会社員には、定年がある。決まった年齢で、半ば自動的に、仕事人生の一区切りが来る。だが、一人社長には、それがない。何歳まで働くか、いつ引退するかは、誰も決めてくれない。自分で決めるしかない。

これは、大きな自由だ。元気なうちは、何歳まででも働ける。年齢で線を引かれない。だが、同時に、責任でもある。「いつ、どう終えるか」を、自分で考え、設計しなければ、ずるずると、あるいは突然、終わりが来る。拡大期まで来たら、事業の先にある「引退とその後」を、視野に入れ始める時期だ。

「いつまで、どう働きたいか」を考える

引退を考えるとき、最初の問いは、「いつまで、どう働きたいか」だ。

何歳まで、今のペースで働きたいのか。あるいは、ある時期から、ペースを落としたいのか。完全に引退したいのか、それとも、形を変えて働き続けたいのか。一人社長は、これを自由に設計できる。だが、設計しなければ、選択肢は狭まる。

正解はない。生涯現役を望む人もいれば、早めに引退して別のことをしたい人もいる。大事なのは、世間の「定年」ではなく、自分の望む働き方の終わり方を、自分で考えることだ。「いつまで、どう」を意識するだけで、そこに向けた準備が始まる。

引退は「ゼロか百か」ではない

引退というと、「ある日、仕事を完全にやめる」というイメージがある。だが、一人社長の引退は、ゼロか百かである必要はない

段階的に縮小する、という道がある。新規の仕事を徐々に減らす、働く日数を減らす、一部の事業だけ続ける、信頼できる相手に少しずつ引き継ぐ。フルで働く状態から、完全な引退まで、その間には、無数のグラデーションがある。

会社員のように、ある日を境にぱったりやめるのではなく、何年もかけて、ゆるやかに着地する。この段階的な引退は、収入の急減も、燃え尽きも、生きがいの喪失も防ぐ。一人社長の自由を活かした、しなやかな引き際だ。

事業以外の「自分」を育てておく

引退後に問題になりやすいのが、「事業がなくなった後の、自分」だ。

仕事一筋で来た一人社長は、事業が、生活のすべて、生きがいのすべてになっていることがある。すると、引退した途端、何をしていいか分からなくなる。役割を失い、つながりを失い、抜け殻のようになる。これは、よくある引退後の落とし穴だ。

これを防ぐには、現役のうちから、事業以外の自分の時間や役割を育てておく。趣味、家族との時間、地域や仲間とのつながり、新しい学び。事業の外にも、自分の居場所や楽しみを持っておく。事業が人生のすべてでない状態を作っておけば、引退後も、自分を見失わずにいられる。

経済的な備えを確認する

引退を考えるなら、当然、経済的な備えも確認する。一人社長は、会社員のような手厚い退職金や厚生年金がない(法人なら厚生年金はあるが)。引退後の生活を、何で支えるか。

これまで積み立ててきた年金、資産、小規模企業共済、事業の売却益——引退後の収入源を、確認し、足りなければ、現役のうちに備える。経済的な不安があると、引退したくてもできない。逆に、備えがあれば、自分の望むタイミングで、安心して引退を選べる。引き際の自由は、経済的な備えに支えられる。

拡大期の一人社長へ

一人社長には、定年がない。それは、何歳まででも働ける自由であると同時に、引き際を自分で設計する責任でもある。設計しなければ、ずるずると続けるか、突然終わるか、どちらかになりやすい。

いつまで、どう働きたいかを考え、引退をゼロか百かでなく段階的に捉える。事業以外の自分の時間や役割を育て、経済的な備えを確認する。引退とその後を考えることは、後ろ向きなことではない。むしろ、自分の人生を、最後まで自分で設計するという、一人社長らしい生き方の総仕上げだ。始め方を自分で選んだように、終わり方も、自分で選ぶ。定年がないからこそ、納得のいく引き際を、自分で描きたい。