この記事の結論

一人社長の事業は、その大半がIDとパスワードの中にある。メール、クラウド、各種サービス、口座。自分に何かあったとき、これらを開ける鍵がなければ、家族も関係者も、事業に一切アクセスできない。安定期に、デジタル資産を洗い出し、管理を一元化し、万一のとき家族が辿れる手段を残しておく。デジタルの鍵は、渡しておかなければ、永遠に開かない金庫になる。

この記事は、Lv.3(安定期)の一人社長に向けて書いています。

事業は「ID・パスワードの中」にある

現代の一人社長の事業は、ほぼすべてがデジタルの中にある。仕事のメール、クラウドストレージのデータ、各種オンラインサービス、ネット銀行、決済サービス、SNSアカウント。これらは、IDとパスワードという「鍵」がなければ、本人以外、誰も開けられない。

ここに、一人社長ならではのリスクがある。自分に何かあったとき——病気、事故、万一——これらの鍵は、自分の頭の中(あるいは自分のデバイスの中)にしかない。家族は、何のサービスを使っているかも、どうログインするかも分からない。事業のデータも、お金も、すべてが、開かない金庫の中に閉じ込められる。デジタル資産の整理は、この事態に備えるためのものだ。

まず、アカウントを「洗い出す」

整理の第一歩は、事業に関わるデジタルなものを、洗い出すことだ。

  • 仕事用のメールアカウント
  • クラウドストレージ、データの保管先
  • 利用しているオンラインサービス(会計、ツール等)
  • ネット銀行、決済・売上の入金先
  • ドメイン、サーバー、Webサイトの管理画面
  • SNS、発信用のアカウント

これらを一覧にする。意外と多いことに気づくはずだ。何があるかを把握しなければ、整理も引き継ぎもできない。まず、自分のデジタル資産の全体像を、見える形にする。

ID・パスワードの管理を「一元化」する

アカウントごとにバラバラにパスワードを覚えていると、自分でも管理しきれず、他人に引き継ぐことは不可能だ。だから、ID・パスワードの管理を一元化する。

パスワード管理ツールを使えば、すべてのログイン情報を一か所で安全に管理できる。これを使えば、自分の普段の管理も楽になり、かつ「ここを見れば全部分かる」という状態を作れる。一元化すれば、いざというときに、引き継ぐべき情報が一つにまとまっている。バラバラの状態を、整理して一か所に集める。

重要アカウントの「引き継ぎ方法」を用意する

一元化した上で、自分に何かあったとき、家族や信頼できる人が、その情報にアクセスできる手段を用意する。

たとえば、パスワード管理ツールのマスター情報(マスターパスワード)を、安全な方法で家族に伝えておく、信頼できる人に在りかを知らせておく、など。すべてのパスワードを紙に書いて渡す必要はないが、「いざというとき、ここを辿れば事業の鍵にアクセスできる」という道筋を、一つ残しておく。鍵束を、誰かが見つけられる場所に置いておくイメージだ。

サブスク・自動課金を一覧化する

デジタル資産の整理で、見落とされがちなのが、自動課金されているサブスクだ。

クレジットカードや口座から、毎月自動で引き落とされているサービス。これらは、本人がいなくなっても、解約されない限り、課金され続ける。家族が、何に課金されているか分からなければ、止めようがない。サブスク・自動課金を一覧にしておけば、万一のとき、不要なものを止められる。これは、ツールの棚卸しとも通じる。何にお金が出ているかを、見える形にしておく。

「縁起でもない」を、乗り越える

デジタル資産の整理は、「自分に何かあったとき」を考えるため、縁起でもない、と後回しにされがちだ。だが、一人社長にとって、これは家族への責任だ。

自分のデジタル資産が、自分しか開けない状態のままだと、万一のとき、残された家族は、事業の後始末も、お金の把握も、何もできずに途方に暮れる。それを防ぐのが、この整理だ。完璧でなくていい。まず洗い出し、一元化し、辿れる道筋を一つ残す。これだけで、残された人の負担はまるで違う。縁起でもない、と目を背けず、一度、手をつけておく。

安定期の一人社長へ

一人社長の事業は、その大半がデジタルの鍵の向こうにある。自分にしか開けないその鍵は、整理して引き継げるようにしておかなければ、万一のとき、永遠に開かない金庫になる。

事業に関わるアカウントを洗い出し、ID・パスワードの管理を一元化し、家族が辿れる引き継ぎ手段を用意し、サブスクを一覧化する。これは、個人事業の「もしも」の備えの、デジタル版だ。縁起でもないと後回しにせず、安定期に一度、手をつけておく。デジタル資産を整理しておくことは、自分の事業と、残される家族を守る、静かな備えだ。