この記事の結論
他人と比べる苦しみから自由になる鍵は、「他人の物差しを、おろす」ことだ。同業者の成功と自分を比べても、条件が違うのだから、その比較は不公平で不毛だ。SNSは編集された一面にすぎない。比べるなら、過去の自分とだけ比べる。そして、自分が何を大事にするかという、自分の物差しを持つ。
この記事は、Lv.2(独立期)の一人社長に向けて書いています。が、全段階に通じる土台でもあります。
比較は、独立期の心を蝕む
独立すると、同業者の動向が、いやでも目に入る。SNSを開けば、活躍している同業者、華やかな実績、増えていくフォロワー。そして、自分と比べて落ち込む。「あの人はあんなにうまくいっているのに、自分は」と。
この比較は、独立期の心を静かに蝕む。一人で働くと、組織の中にいたときのような相対的な安心感がない。だから、外の誰かと比べて、自分の位置を測ろうとする。だが、その比較は、たいてい自分を苦しめるだけで、何も生まない。比較の苦しみから自由になることは、独立期に心を守る、大事な技術だ。
その比較は「不公平」だ
そもそも、他人と自分を比べること自体に、無理がある。なぜなら、条件がまったく違うからだ。
スタートした時期、持っている資源、これまでの経歴、人脈、運、家庭の事情——人によって、前提条件はまるで違う。違う条件の人と、結果だけを並べて比べても、それは公平な比較ではない。同じ土俵に立っていない相手と自分を比べて、優劣を測ること自体が、的外れなのだ。
比べたくなったら、まず「条件が違う」と思い出す。それだけで、不毛な比較から一歩引ける。
SNSは「編集された一面」
特に、SNSでの比較には注意がいる。SNSに流れてくるのは、その人の編集された、いい一面だ。
成功の報告、華やかな実績、充実した日常。だが、その裏にある苦労、失敗、不安は、たいてい見えない。人は、見せたいものだけを見せる。あなたが見ているのは、相手の人生のハイライトであって、全体ではない。
その編集された一面と、自分の舞台裏(不安や地味な日常も全部含む現実)を比べれば、落ち込むのは当たり前だ。不公平な土俵で、しかも相手の一番いいところと、自分の全部を比べている。SNSの向こうの「成功」を、額面どおり受け取らない。
比べるなら「過去の自分」と
比較が完全に無意味なわけではない。健全な比較の対象は、ただ一つ。過去の自分だ。
半年前、一年前の自分と比べて、今の自分は何ができるようになったか。どんな経験を積んだか。他人と比べても条件が違うが、過去の自分となら、同じ条件で比べられる。そして、過去の自分との比較は、成長を実感させ、前に進む力になる。
他人を見て落ち込む代わりに、過去の自分を見て、自分の歩みを確かめる。比較の矢印を、外から内へ、他人から過去の自分へと向け直す。
自分の「物差し」を持つ
他人と比べてしまう根本の原因は、自分の物差しを持っていないことだ。自分の基準がないから、他人を基準にしてしまう。
だから、「自分は何を大事にするのか」という、自分の物差しを持つ。売上の規模か、時間の自由か、仕事の質か、好きなことをやれているか。あなたにとっての大事なものが定まっていれば、他人がどれだけ稼ごうと、それはあなたの物差しの上の出来事ではない。自分の基準で自分を見られる人は、他人の成功に揺さぶられない。
独立期の一人社長へ
独立期は、孤独の中で、つい他人と自分を比べてしまう時期だ。だが、その比較は条件が違うぶん不公平で、SNSの向こうの成功は編集された一面にすぎない。比べて落ち込む時間は、何も生まない。
他人の物差しをおろし、比べるなら過去の自分とだけ比べる。そして、自分が何を大事にするかという、自分の物差しを持つ。比較から自由になることは、現実から目をそらすことではない。他人の人生ではなく、自分の歩みに集中するということだ。比べて落ち込む時間を、自分の一歩を進める時間に変える。それが、独立期の心を守り、長く歩き続けるための、静かな強さになる。